許諾第05-010901号
田山花袋(提供:田山花袋記念文学館)
日本文学の歴史をつくった小説家、田山花袋。『蒲団(ふとん)』や『田舎教師』など数多くの小説を発表し、のちの文壇に大きな影響を及ぼしました。花袋は、いったいどんな人物だったのでしょうか。その面影を訪ねて、ほぺたんは「田山花袋記念文学館」を訪ねました!
1871年、館林で生まれた花袋。幼少期は東京で暮らしますが、5歳で再び故郷へと戻り、多感な少年時代を館林で過ごしました。
花袋の故郷に建てられた「田山花袋記念文学館」で、ほぺたんは手書きの漢詩集を見つけました。それは、少年時代、花袋が友だちとつくったもの。漢詩文を雑誌に投稿するなど、花袋は子どものころから文学的才能の片りんを見せていたようです。
明治以降、日本文学は西欧の新しい思想や文学の影響を受けて大きく発展しました。14歳になった花袋は、家族ともに東京へ移り住み、その後、新しい人々との出会いや時代の機運に支えられ、小説家への道を切り開いていくことになります。
1907年、花袋は、日本の自然主義文学の代表作品となる『蒲団』を発表。人間の真実をありのままに表現した花袋の小説は、日本独自の自然主義文学の方向性を決定づけ、近代文学界に大きな足跡を残しました。
ほぺたん、田山花袋記念文学館へ!
再現された花袋の書斎
「田山花袋記念文学館」には、花袋の書斎が再現されています。どんなふうにお話を書いたのかな?ほぺたんは、書斎を見ながら、花袋が机に向かう姿を想像しました。1930年、58歳で生涯を閉じるまでに花袋が遺した作品は、小説約450篇、評論約600篇、紀行文約200篇。遠く離れてもなお故郷を想い続けた花袋は、館林での生活を『ふる郷』『小さな鳩』『幼なき頃のスケッチ』などに描いています。
「田山花袋記念文学館」では、数多くの資料から花袋の生涯や人物像を知ることができます。その資料の多くは、田山家から寄贈されたもの。これに花袋の研究者やゆかりのある人物からの寄贈品などが加わり、現在の収蔵数は約1万1千点に上ります。
さらに、文学館の近くでは、花袋とゆかりのある場所をほかにも見ることができます。「館林市第二資料館内」にあるかやぶき屋根の建物は、花袋が少年時代に暮らした家。その隣には、花袋の胸像が建てられています。また、「尾曳稲荷(おびきいなり)神社」は、花袋が子どものころの遊び場だったのだとか。ゆかりの地を巡れば、知られざる花袋の素顔に出会えるかもしれませんね!
田山花袋の胸像と旧居
尾曳稲荷神社
館林を訪ねるのなら、4月中旬~5月上旬がぜひおすすめです!この時期、「田山花袋記念文学館」のそばに位置する「つつじが岡公園」では、約50種類、約1万株のツツジが真っ赤な花を咲かせ、「つつじまつり」が毎年開かれます。この場所は江戸時代から続くツツジの名所。花袋も館林に住んでいたころ、美しく咲くツツジを見て楽しんでいたのでしょうか…。
開催期間…2015年4月10日~5月10日
入園料…咲き始め・見頃過ぎ310円、見頃620円
開催時間…7時~18時(ライトアップ期間延長あり)
■次回は「甘楽町」をご紹介します。