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るっく&WALK

NO.162 上毛かるた 「に」の札(2015年10月号)

に:日本で最初の富岡製糸
るっく&WALK in 富岡市

絹の発展を支えた富岡製糸場

富岡製糸場 東置繭所の外観

富岡製糸場 東置繭所(画像提供 富岡市・富岡製糸場)

日本が外国との貿易を始めたのは江戸時代の終わりのこと。生糸は、当時の日本にとって重要な輸出品のひとつでしたが、そのころはカイコの飼育から生糸の生産まで、すべてが手作業で行われていました。しかし、外国からの注文がどんどん増えてくると、新たな生産体制が求められるようになります。よりよい品質の生糸を大量に生産しようと、明治政府が考えたのが、ヨーロッパの先進技術を導入した近代的な製糸工場をつくることでした。

日本初の本格的な模範器械製糸工場として名を残す富岡製糸場は、どのようにつくられたのでしょうか。その歴史を知るため、ほぺたんは富岡製糸場を訪ねました。

富岡製糸場を訪ねたほぺたんの写真

世界文化遺産、富岡製糸場へ!

全長140メートルに及ぶ繰糸所の外観

全長140メートルに及ぶ繰糸所

海外の建築技法を採用した屋根構造の写真

海外の建築技法を採用した屋根構造

富岡製糸場には、開業当時の繭倉庫や首長館(ブリュナ館)、繰糸所などが今も残っています。門をくぐったほぺたんは、まず東置繭所を発見。その入口を見上げると、竣工年の「明治五年」と刻まれた要石がありました。

首長館は、富岡製糸場をつくるため、指導者として雇われたフランス人のポール・ブリュナが暮らした建物です。ブリュナがもたらしたフランスの建築技術を、日本の職人たちが応用し、富岡製糸場は建てられました。その特徴は、繰糸所の屋根を支える構造や、煉瓦の積み方などに見ることができます。

実際に繰糸所の中に入ったほぺたんは、建物の広さにびっくり! 全長140メートルの繰糸所は当時世界最大級の規模を誇ったそうです。かつてここでは全国から集まった若い女性が働いていたのだとか。富岡製糸場で器械製糸技術を習得した工女さんは、やがて故郷に戻って指導者として活躍しました。

富岡製糸場は、明治26年に民営化され、昭和62年に操業を停止するまで115年間稼働し続けました。富岡製糸場から日本各地に新しい技術が広まり、明治末期、日本の生糸生産量は世界一となりました。その影響は国内にとどまらず、世界の絹産業の発展に重要な役割を果たしたといわれています。平成26年6月には世界文化遺産に登録され、その歴史的価値があらためて評価されるようになりました。

富岡製糸場の歴史を詳しく知るには、場内で行われているガイドツアーがおすすめです。建物の特徴から生糸に関する豆知識、工女さんにまつわるエピソードまで、ガイドさんの解説を聞きながら見学をすると、開業当時の姿が目に浮かんでくるようです。

ガイドツアーの様子

ガイドツアーで富岡製糸場を見学(参加費200円)

編集部だより

富岡製糸場の周辺には、工女さんたちが通った老舗の食堂から最近オープンしたカフェまで、さまざまなお店が並びます。まちなか観光物産館「お富ちゃん家」には、地元の物産品やシルク製品などがいっぱい!富岡製糸場の見学券も販売しています。富岡製糸場が混雑しているときも、「お富ちゃん家」で見学券を事前に購入すればスムーズに入場できますよ。

まちなか観光物産館「お富ちゃん家」

まちなか観光物産館「お富ちゃん家」の外観

住所…富岡市富岡1151-1
営業時間…9時~17時(観光案内)、8時30分~17時30分(物産品販売)
定休日…年末年始
0274-67-0103

地図
  • 掲載した店舗・施設は、定休日以外に臨時休業となる場合もあるので、ご了承ください。
  • 一部取材先より画像をお借りしています。

■次回は「東吾妻町」をご紹介します。